大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)5402号 判決 1995年12月25日

原告

X1

X2

右両名訴訟代理人弁護士

田中紘三

田中みどり

被告

日本不動産クレジット株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人支配人

主文

一  被告が東京法務局所属公証人C作成昭和六二年第三〇八号の執行力のある公正証書正本に基づき平成六年一一月二九日別紙目録≪省略≫記載の物件に対してした強制執行は、これを許さない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、被相続人が原告ら(相続人、後に限定承認をしている。)に死因贈与し、その旨の仮登記及び相続開始後限定承認の申述受理前に本登記がされている土地について、相続債権者である被告が、同土地は相続財産に含まれるとして申し立てた強制執行に対し、原告らが異議を述べた事案であり、争点は、右土地が、原告らが相続によって得た財産といえるか、及び、原告らがした限定承認が有効かである。

一  基礎事実(特記しない限り争いがない。)

1  D(以下「D」という。)は、昭和六一年三月二一日、当時未成年であった原告らの親権者を妻Eと定めて同女と協議離婚し、その際、別紙物件目録≪省略≫記載の土地上の建物を同女に財産分与するとともに、同目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について、Eのために賃借権を設定した(昭和六一年三月二八日登記)(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。

2  さらに、Dは、昭和六二年一二月二一日、原告らに対し、本件土地を持分二分の一ずつDの死亡を始期として死因贈与し、同年一二月二三日、その旨の始期付所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という。)手続をした。

3  Dは、平成五年五月九日死亡した。相続人は、子であるF、原告らの計三名であった。

4  平成五年八月四日、本件土地について、右2記載の仮登記の本登記(以下「本件本登記」という。)手続がされ、原告らは、それぞれ本件土地の持分二分の一についての登記名義人となった。

5  Fは、平成五年七月九日、東京家庭裁判所により相続放棄の申述が受理された。原告らは、平成五年八月三日東京家庭裁判所に対し限定承認の申述受理の申立てをし、同月二六日、これが受理され、同日原告X1(以下「原告X1」という。)が相続財産管理人に選任された。

6  平成六年二月七日、被告は、Dを債務者とする執行力ある公正証書正本(請求債権 昭和六一年一二月八日付けの金銭消費貸借契約に基づく貸金二億五〇〇〇万円の残金二七七四万三六二四円及びこれに対する平成六年一一月二二日から支払済みまで年一六パーセントの割合による損害金の合計)に、Dの相続財産の限定内において、その一般承継人である原告らに対しこの公正証書によって強制執行することができる旨の承継執行分の付与を受け、本件土地に対する強制競売(以下「本件強制執行」という。)の申立てをした(≪証拠省略≫)。

7  東京地方裁判所は、平成六年二月一八日、本件強制執行の申立てを却下し、被告は、同年二月二四日、右却下を不服として執行抗告し、東京高等裁判所は、同年一〇月二五日、原決定を取り消したうえ本件を東京地方裁判所に差し戻し、東京地方裁判所は、同年一一月二九日、本件土地について強制競売開始決定をし、同日右強制競売開始決定を原因とする差押の登記がされた。

二  争点に関する当事者の主張

1  本件土地は「相続によって得た財産」といえるか

(原告らの主張)

(一) 本件土地については、死因贈与により、平成五年五月九日Dの死亡と同時に物権的に原告らに所有権が移転しているので、本件土地は、相続開始の当初からDの遺産の範囲に含まれないから、民法九二二条の「相続によって得た財産」ではなく、また、同土地につき、原告らは、昭和六二年一二月二一日仮登記を、平成五年八月四日には本登記を得ているので、仮登記の順位保全効により、死因贈与による原告らの本件土地の取得を相続債権者である被告に対抗できる。

(二) また、被告は、死因贈与には、遺贈の規定が適用されるから、本件死因贈与にも民法九三一条が適用されると主張するが、遺贈と死因贈与とは法律的に異なるうえ、民法九三一条の規定は特定物に関しては適用されないから、原告らの土地の取得より被告の強制執行が優先することはない。

(三) なお、本件死因贈与は、Dが死亡する五年以上も前に、Dの離婚に伴い未成年の子供である原告らの養育等に必要な資産を分け与える趣旨で行われたもので、相続人が相続債権者を犠牲にして不当に利得するため行ったものではない。

(被告の主張)

(一) 本件では、原告らは、Dの死因受贈者であると同時に相続人でもあり、しかも、相続に関し、放棄や単純承認をするのではなく、限定承認をする道を選択しているので、原告らは、本件土地を相続により取得したものというべきであり、したがって、本件強制執行を甘受すべきである。

(二) 民法九二二条にいう相続によって得た財産には、死因贈与の対象となった財産も含まれ、かつ、相続について限定承認がされた場合には相続人は責任は限定されるものの被相続人の債務をすべて引き継ぐのであるから、右限定承認をした相続人である仮登記死因受贈者と一般債権者や他の受贈者は対抗関係に立たず、当事者の関係に立つ。

また、死因贈与には、遺贈の規定が適用されるから(民法五五四条参照)実質的に遺贈と同じと考えるべきであり、したがって、同法九三一条も適用になり、原告らは、被告に劣後することになる。これは、原告らが本件土地について、本件仮登記をしていても異ならない。

2  限定承認の有効性について

(原告らの主張)

(一) 本件土地の所有権は、D死亡時に即時、当然に受贈者に移転しているのであるから、その後の弁済ということはありえず、原告らの本件土地についての本件仮登記の本登記手続が民法九二一条一号にいう処分にあたることはない。

(二) また、原告X1は、平成五年八月五日に銀行預金を引き出しているが、これは、限定承認の申述が受理された場合に、相続財産管理人になることが予定されている原告X1において、相続債権者に平等な弁済をするために被相続人名義の数口の預金を引き出し、これをまとめて一口の預金として保管したのであり、それには正当な理由がある。

したがって、原告らに、法定単純承認の事由はなく、本件限定承認は有効である。

(被告の主張)

(一) 原告らは、本件仮登記に基づき本件本登記をしているが、仮登記を本登記にすることは義務の履行であり、弁済であるから、これは相続財産の処分(民法九二一条一号)にあたる。

(二) また、原告X1は、被相続人の預金を引き出しているが、これも相続財産の処分又は相続財産の隠匿、消費にあたる(民法九二一条一号、三号)。

(三) したがって、原告らがした限定承認は無効であり、原告らの右行為は法定単純承認の事由にあたり、また、限定承認の無効は、本件強制執行に影響を及ぼさないから、原告の請求は棄却されるべきである。

第三本裁判所の判断

一  本件土地が「相続によって得た財産」かどうか

1  本件土地について、被相続人の生前である昭和六二年一二月二一日にD(被相続人)と原告らとの間で死因贈与契約が締結され、右契約の効力は、Dの死亡した平成五年五月九日に発生し、これは物権的効力を有するものである。

2  ところで、本件土地について、原告らが死因贈与によりその所有権を取得しても、本件では、原告らはDの相続について限定承認の申述をし、受理されているのであり(本件限定承認の有効性については後に判断する。)、限定承認の効力は相続の開始時に遡及し、相続財産は相続債権者等のために差し押さえられたと同様の効果が生じるというべきであるから、原告らは本件土地所有権取得につき、相続開始時点において相続債権者その他の第三者に対抗し得る所有権移転登記等の対抗要件を具備していない限り、所有権取得を相続債権者である被告に対抗することはできないものである。

3  しかしながら、本件においては、前記基礎事実記載のとおり、本件土地については、相続開始前に、本件仮登記がされており、相続開始後に右仮登記に基づく本件本登記手続がされているのであり、原告らは、この対抗要件具備自体は相続開始後ではあるものの、仮登記の順位保全の効力により、限定承認がされても、本件土地の所有権の取得を相続債権者その他の第三者に対抗し得るものというべきである。

4  また、これは、原告らが死因受贈者であり、かつ、限定承認をしている相続人であっても、限定承認の効力については後記のとおり議論の余地はあるものの、別異に解すべき理由はない。

5  したがって、本件土地は、民法九二二条の相続によって得た財産ではなく、原告らの固有財産に属するものというべきである。

二  限定承認の有効性について

以上は、原告のした限定承認が有効であることを前提としているので、ここで、本件の限定承認の有効性について検討する。

1  前記基礎事実記載のとおり、原告らは、平成五年八月二日東京家庭裁判所に対し、限定承認の申述受理の申立てをし、同月二六日、これが受理されているが、その間、同月四日に本件土地について、本件仮登記に基づく本件本登記手続をしている。

2  ところで、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から、原則として、三か月間は、相続を単純承認するか、限定承認するか、放棄するかの選択の自由を有する(民法九一五条参照)が、この間に、相続財産の全部又は一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされる(同法九二一条一号)。

したがって、問題は、原告らがした右仮登記後の本登記手続が、右にいう単純承認をしたとみなされる処分にあたるかどうかである。

3  一般に、本件のように、被相続人所有の不動産につき、相続開始前に死因贈与契約に基づく始期付所有権移転仮登記がされている場合には、被相続人が死亡をし、かつ、本登記手続がされることが条件ではあるが、その仮登記権利者は、仮登記の順位保全の効力により、その所有権取得を、仮登記以後に当該物件の権利を取得して対抗要件を具備した者や差押債権者、さらには本件の被告のような限定承認がされた場合の相続債権者等の第三者に対抗し得るという、優越的な地位ないし資格を有するといい得るものである。そうすると、このような仮登記権利者に対し、相続人が義務の履行として相続開始後に仮登記に基づく本登記手続をすることは、通常、相続債権者を不当に害するということはなく(不当に害する場合は、仮登記ないしその原因行為自体が民法四二四条の詐害行為にあたるときであろうが、これは同条の問題として処理すれば足りると考えられる。)、したがって、これは、民法九二一条一号の処分には該当しないというべきである。

本件においては、原告らは相続人として、死因受贈者であり右の仮登記権利者である原告らに対し、本件本登記手続をしたものであり、右行為は、民法九二一条一号の処分には該当しない(なお、本件においては、後記のとおり、原告らの本件仮登記及び死因贈与契約自体が債権者を害する意思の下に行われたとは認めることができない。)。

4  また、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、原告X1は、平成五年八月五日に株式会社第一勧業銀行築地支店及び株式会社三菱銀行築地支店のDの各三口の預金を引き出しており、被告は、同原告の右行為が民法九二一条一号の処分にあたると主張するが、前掲証拠によれば、これは同原告において、限定承認が受理された後の財産管理及び相続債権者への弁済を円滑にするために行われたものであり、管理、保存行為であると認められるから、これをもって同条の処分行為にあたるとはいえない。

5  よって、原告らのした行為には法定単純承認とみなされるべき事由がないから、原告らの限定承認は有効であるというべきである。

三  なお、本件において、原告らは、本件土地の死因受贈者であるとともに、本件相続の相続人であり、かつ限定承認の申述をしているが、右原告らが、本件土地の受贈者として、対抗要件を具備して本件土地の所有権を取得したと被告に対し主張することが、原告らと被告との間の公平の観点から許されないような特段の事情が認められるか否かを検討するに、基礎事実及び弁論の全趣旨によれば、本件死因贈与契約は遺贈とは異なり、Dの生前にその内容が確定していたこと、その存在も本件仮登記によって第三者に明らかになっていたこと、本件死因贈与契約は、Dの死亡する六年ほど前のDと原告X1との協議離婚時にされたものであり、離婚に際してその子らへの扶養を含むものとして行われたことが窺えることなどから、本件において、原告らが本件土地を死因贈与で取得したと主張することにつき、原告らと被告との間の公平を害するような特段の事情はないというべきである。

四  以上の次第で、本件強制執行は、Dの相続財産の範囲内においてこれを執行することができるものであるところ、本件土地は、本件強制執行に基づく差押登記時、既に原告らが死因贈与を原因としてその所有権を取得していてDの相続財産には属さないと解すべきであるから、本件土地に対する本件強制執行は許されない。

第四結論

よって、原告らの請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山﨑恒 裁判官 窪木稔 柴田義明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例